量子力学を利用し、高速な計算を可能とする「量子コンピュータ」。その原理や仕組みを理解するには物理や数学の高度な知識が必要ですが、将来的には中学校の授業でも扱われるようになるかもしれません。そんな未来を見据え、教育学部で技術教育を担当している川路智治講師や小祝達朗助教らは、量子コンピュータに関する教育内容の精選やカリキュラムの検討に着手しました。6月30日には教育学部附属中学校で試行的な授業実践が行われました。

「0」と「1」両方の状態を同時にもつ「量子重ね合わせ」や、異なる量子同士が相互に影響しあう「量子もつれ」といった量子の特徴を利用した量子コンピュータは、従来のコンピュータと比較して、高速で複雑な計算が可能になると期待されています。それにより、現在の暗号技術が簡単に突破されてしまうことから、量子技術に関する人材育成は、安全保障の観点からも喫緊の課題となっています。
そこで川路講師らのグループは、中学生を対象とした量子技術に関する教育プログラムの開発に取り組んでいます。量子技術の理解には、量子力学や、量子回路やアルゴリズム、セキュリティに関わるコンピュータ工学の知識、素子となる光子や原子を扱う技術など、広範かつ高度な知識?技術が求められます。グループでは理化学研究所など量子コンピュータの研究機関を訪れるなどして量子技術の知見を深めながら、教育内容の抽出やカリキュラムの開発に取り組んでいます。
このほど附属中学校の2年生向けに行った授業実践は、研究グループによる初めての実証実験の機会となりました。
前半は、シャンデリアのようなきらびやかな見た目の量子コンピュータの写真を見せながら、現在使われているスーパーコンピュータ(スパコン)との計算速度の違いを川路講師が説明。生徒たちは新たな技術による社会の変化に思いを馳せます。

続いて川路講師から、タブレットを取り出してパズルゲームのアプリを立ち上げるよう指示がありました。スクリーンには「H」「T」「S」「Z」などのアルファベットが記された色鮮やかなブロックを縦横に並べた画面があらわれます。「ブロックを指で移動させて、同じブロックを並べると消えて得点が入ります。みんなでハイスコアを狙いましょう」と川路講師が呼びかけると、生徒たちは嬉しそうにプレイ開始。操作にもすぐに慣れた様子でした。

実はこのアプリ、TIS株式会社が大阪大学とともに開発している、量子回路の仕組みを学習するためのゲームです。川路講師は量子回路のイメージを電子黒板に映し、「このブロックのひとつひとつが量子ゲートという小さな命令です。これを左から右へと並べていくことで、量子コンピュータのプログラムを作っています」と解説しました。
量子回路には数学の行列が使われていますが、複数のブロックを決まった組合せで並べて消すというプレイを繰り返すことによって、量子ゲートの組合せのルールを自然と学ぶことができるとのこと。新たなルールを覚えた生徒たちは、どんどんハイスコアを記録していきます。これには開発を担当したTISのみなさんも、「私たちのテストプレイの記録を簡単に超えてしまった」と驚いていました。

ひととおりアプリを楽しんだあとは、再び川路講師による解説。量子コンピュータが、薬の開発や道路渋滞の完全な解消などに貢献し得ることを説明し、「量子コンピュータが地球に住む私たちの心も体も豊かにしてくれる時代が来る。その時代の第一線にいるのはみなさん自身です」と呼びかけました。

授業を終えた生徒たちは、「量子コンピュータという言葉は初めて聞きましたが、未来の自分たちにとっては身近にあるものだと理解しました」「ゲームはとっかかりやすく、単純な操作で仕組みを学ぶことができると思いました」などと述べていました。
生徒たちにはこのあともゲームに挑戦してもらい、1週間後に量子ゲートについての理解度をチェックするとのこと。川路講師は、「中学校の技術教育で量子コンピュータが扱われるようになるとしたら、次の次の学習指導要領の改訂が行われると見込まれる約15年後だと思います。それを想定して、中学校の段階で何をどう学べるのか、あるいは中学校技術で扱うのが本当に適切なのかどうかも含めて、しっかり検討していきたいです」と話しており、今後はVR技術の活用なども視野に入れているということです。
